「感情豊かな機械と、何の感情もない人間。どちらが人間らしいと言えるのか。」という文章をみた。

人間らしくあるためには、まず人間あらねばならないと思う。猫が驚いたり嬉しそうにしたり、感情豊かにしていても、「人間みたい」と表現するだけであるように、機械がそうであったとしても、それは「人間みたい」なだけだと俺は感じる。

そして、「人間らしく死ぬのか、機械みたいにして生きるのか」という問いに対しても似たような感想を持つ。死んだら残るのは死体だ。人間であった、そうではないものなのだ。例えどれ程、死ぬという行為が人間らしくても。